ブログ日本200名山

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石見銀山を護る山―要害山(414m)
下の娘の受験も無事終了。
3月の3連休に世界遺産「石見銀山」への家族旅行を計画するよき父ぼっち。
(←山シーズン開幕前に家族サービス貯金をねらってるって説も。。)

愛車「奥地君」の関西弁ナビゲーションに導かれ、一路島根県へ。

大森集落220320鉱山町の面影を残す大森の集落に到着。
世界有数の鉱山であった過去と、ゆったり暮らしていらっしゃる現在がほどよく混ざっていい感じ。

集落を離れ、今はのんびりした山あいの道をてくてく。
しかし、木立を透かすと、おびただしい廃寺の跡が。
かつての繁栄と、多くの鉱夫を見舞った悲劇が、しのばれる。。


銀山220320坑道のひとつ「龍源寺間歩(まぶ)」に残る鑿(のみ)の跡。

世界遺産登録をめざす途中、石見銀山の「顕著な普遍的価値」の証明が不十分であるとみなされた。
地元も、日本政府も悲観。

その時、ユネスコの日本政府代表部が、110ページにおよぶ「補足情報」を作成、
「山を崩したり森林を伐採したりせず、狭い坑道を掘り進んで採掘するという、環境に配慮した生産方式」を熱くアピール。
それが世界遺産登録につながったそう。

山すそにひっそり穴を開けたこの細く長い坑道に価値があるんだね。

ひととおり鉱山を見終わり引き返す途中、「要害山山頂まで1.1km」の看板を発見。
島根県の山には登ったことがないし、体力余ってるし、
と、家族を置き去りにしたまま登り出す、だめ父ぼっち。(←本性暴露。)

竹と照葉樹の多い登山道は、銀の積み出し港 鞆の浦へつながる銀山道でもあったらしい。
峠から、600段あまりの石段を登りつめ、要害山山頂(414m)に到着。
山頂には、山吹城址の石碑が。

仙山220320要害山と向かい合う銀の山、仙ノ山(537.8m)。
確かに、その山中に無数の坑道が掘られているとは、想像できない。
(画像)

谷筋を挟んで銀山を護る位置にあるのが要害山。
大内氏が開き、毛利氏が奪い、秀吉を経て、最後に徳川家が支配。
そんな銀山の争奪戦が、この山上で繰り広げられたんだなあ。。


要害山山頂220320北に向けば、城址越しに、はるか日本海が。
あそこから、世界に向けて銀が積み出されていったんだ。


帰って調べたら、「要害山」という山は、全国に相当数あって、その多くに、城跡が残されている。
特に、島根県、鳥取県には同名が多いみたい。
いずれも低めの山。



低山は、人の暮らしから近い分、権謀や欲望にまみれた過去も持っていることも多い。
低山に、そんな歴史を想像するのも自由、アルプスのような高山に、俗塵を離れるのも自由。
山って、やっぱり楽しいなあ。(←家族、しびれ切らしてるよお。。)
| 管理人 ぼっち | その他の山 | 21:59 | comments(0) | trackbacks(1) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
山と川と人と―多度山(403m)石津御嶽山(629m)
 12月29日は、ぼっちの山の会恒例の「登り納め」。
今回は、三重・岐阜県境の多度山に。15名の参加。
天気もいいし、30分ほどで山頂に立てちゃうから、石津御岳山まで足を伸ばすことに。

多度山から北に続く養老山地は、木曽三川に平行している。
山頂からは、木曽川の源流御岳をはじめ南・中央・北アルプスが。
あんな遥かな場所から、川は流れてくるんだね。

山頂には、ここで木曽三川分流工事にあたったあのオランダ人技師ヨハニス・デ・レイケが、内務卿だった山縣有朋に、工事の説明を行ったとの説明板もある。
きっと、感動もののプレゼンが行われたんだろうな。。
木曾三川211229(手前から揖斐川、長良川、木曽川。背後に薄く白く見えるのが御岳。)
相場振り211229多度山頂を後にし、しばらく杉木立を行くと、分岐があり、「相場振り」という、見晴らしのいい場所に出る。

ここは、電話も電信もなかった当時、河口桑名の町の米相場が手旗で振られるのを望遠鏡でキャッチし、旗を振って、上流部に伝える基地だったという。
このような山は、江戸時代からあって、旗振り山と呼ばれて、江戸・大阪を結んでいたそう。
おそるべし、江戸の情報ネットワーク。

落ち葉を踏みながら到着した、石津御岳山。
山頂には、御岳神社の祠などがあり、遠慮したのか、三角点は少し下がったところにある。
登山道の途中には、御岳信仰を広めた覚明の石像。
御岳遥拝にいい場所として、信仰の山となったのかな。
「霊神」と書かれた石碑は、御岳に向かい合って立っている。

多度神社門前町211229養老鉄道で多度に戻り、年越しの準備をしている古い参道を歩きながら、来年の登山計画を調整。
神社の前で、「よいお年を」と解散。

山と川と人の、さまざまな関わり。
なかなか発見の多い充実の登り納めデシタ。


P.S. 2万5千分の1地図で多度山西麓に狼谷川という地名を発見。
    こんな所にもいたんだねえ。。
| 管理人 ぼっち | その他の山 | 07:52 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
どんな山?−御破裂山(618m)
地図で聖林寺を探していたら、目にとまった「御破裂山」。
談山神社というお宮の裏山らしい。 
前に行った「ポンポン山」と 同じで、変わった名前の山って行ってみたくなる。

聖林寺からは、山道。雪がたくさん舞いだした。
からっぽの大駐車場で愛車ハリヤー!に待っててもらい、てくてく歩く参道。
紅葉の名所らしく、土産物屋や、観光ホテルが並ぶけど、師走の雪模様で人影なし。。

入口で拝観料を払い、もらったパンフレットでにわか勉強。
蹴鞠(けまり)の会で知り合った、中大兄皇子(のちの天智天皇)と中臣鎌子(藤原鎌足)が、
この裏山で大化の改新の企てを談合したから、「談峯・談い山・談所ヶ森」などと呼ばれるようになったそう。

談山神社211220鎌足の死後、その息子定慧和尚が白鳳7年(678年)この山に遺骨を葬り、十三重塔を建立、妙楽寺を創建、さらに大宝元年(701年)神殿を建て、鎌足の神像を安置したという。
へえ!相当早い時期から、神仏習合してたんだ。

明治2年(1869年)神仏分離して、僧は還俗させられ、談山神社と改称。
しかし、十三重塔をはじめ、寺院部分の建物は、名を変えそのまま残された。
ほぼ純粋に神仏習合のかたちを残す境内に、雪は降りしきる。

御破裂山への道211220そして、境内の背後に続くひと筋の道。
談山(カタライヤマ:566m)と、御破裂山(ゴハレツザン:618m)の道しるべ。
みるみる白くなる山道をとぼとぼ。

談山山頂は、小さな広場。ここでサッカー(蹴鞠)青年たちが革命を談らったんだなあ。。
現場に立つと、歴史への思いも深まる。

少し戻り、反対方向に10分ほどで、御破裂山に。
頂上は、柵がされ、藤原鎌足の墓所になっている。
立札によると、「国家に不祥事がある時に、『新山が鳴動』した記録が多く残っています」そうデス。

大和三山(天の香具山、耳成山、畝傍山)、二上山などの好展望台でもあるらしいけど、雪で煙って、ちょと残念。
談山211220
でも、神社と塔の並ぶ、神仏習合ワールドが拝めて大満足。

(画像の山は、談山)
| 管理人 ぼっち | その他の山 | 23:07 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
古代史の真ん中 ― 三輪山(467m)

アシュラー(オジサン的注:2009年大ブームを巻き起こした興福寺阿修羅像ファンのこと)なんて言葉もない小学生の頃から、仏像少年だったぼっち。
12月の登山オフシーズン、長い間拝みたかった、国宝聖林寺十一面観音像に会いに、奈良へ。

山に行く勢いで出発したもので、早く着きすぎ。
時間調整に、三輪神社に立ち寄って、で、ついでに三輪山にも登ることに。
(オフシーズンと言ったばかりじゃ?)

三輪山登山証211220ご神体でもある山だから、摂社狭井神社で参拝の手続きをして、首から鈴の付いたたすきをかけてと、手続きがややこしい。

雪の舞う照葉樹林の急坂を登ること約40分、山頂に到着。
頂きは、神の降りる磐座(いわくら)と呼ばれる石組があり、注連縄(しめなわ)が張られている。
日本でもっとも古い山岳信仰の山の祭祀遺跡でもあるらしい。

卑弥呼の墓とも想定される、箸墓古墳もこの山の山麓。
古代史の真ん中にいる気分。


若宮神社211220下山後「大神神社宝物収蔵庫」に立ち寄り。
室町時代の絵図を見ると、典型的な神仏習合の堂塔が立ち並んでいたのが分かる。

若宮の建物も重要文化財とのことで、立ち寄り。
ここも、注連縄の張り替えで、忙しそう。
でも、この建物、鬼瓦があって、寺みたい。


立札を読んだら、この堂は、神仏分離される慶応年間まで、三輪神社の神宮寺「大御輪寺」だったそう。
そして、聖林寺の十一面観音は、ここの本尊だったとか。へえ!
山岳信仰と、十一面観音信仰の関わりはここからだったんだねえ。。

感動しながら、向かった聖林寺は、山寺の風情。
国宝十一面観音像は奈良時代きっての名作、阿修羅ブームの余波があるのかと思いきや、収蔵庫に人影なし。
雪模様の冬の光の中、人を寄せ付けない、神々しい美しさに打たれ、20分ほど正座。
至福の時でありました。。

三輪山遠望211220寺を出て、塀越しに遠望する三輪山。
離山しても、仏は今もその山とともにあるのでしょう。












| 管理人 ぼっち | その他の山 | 06:10 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
白山クラシックルートを行く―銚子ヶ峰
REGAハウスにNabeちゃん一家も合流して芋煮会をした翌8日。
岐阜県の誇る巨木「石徹白(いとしろ)の大杉」を見に行こうかなと言ったら、
Yさんから、せっかくだから銚子ヶ峰まで登らない? とご提案。

地図で調べたら、銚子が峰は、大杉を起点として白山まで続く、「美濃禅定道」の取っ掛かりの山。
白山を開山した泰澄が開いた禅定道は、千年以上の歴史を持つ、憧れのクラシックルート。
その下見ができるなんて(有頂天)。

白山長滝神社から、難所桧峠を越えて、白山中居神社へ。
さらに、石徹白川を遡る。
このへんは、Yさんの岩魚釣りのゲレンデでもあるそう。

石徹白大杉211108林道終点に車を止め、熊鈴を付けて登山開始。
長い石段の上、推定樹齢1800年の石徹白の大杉とご対面。
泰澄もこの木を見上げたのかと思うと、時の旅の始まりのよう。

ブナ林の急登で尾根に取り付く。
みちのくの山ほどの巨木はないけれど、
落ち葉の散り敷くなんとも気持ちのいいルート。

泰澄の母が、登山を拒まれたと言う、おたけり坂、
かむろ杉雨宿りの岩屋など、伝説のスポット多数。
  

神鳩ノ宮211108神鳩避難小屋は、神鳩ノ宮の跡でもあるらしい。
中をのぞくと、ていねいに整備されていて、すがすがしい。
銚子が峰211108ブナ林がとぎれると、銚子ヶ峰(1,810.4m)が、真正面に。
笹原の斜面に、 いぶし銀のように輝くすっかり葉を落としたブナ。

母御石という大岩を越えると、別山(2,399.4m)が姿を現した。

別山211108銚子ヶ岳山頂から北に続く一ノ峰、二ノ峰、三ノ峰、そして別山。
いつか、あの場所をたどりたい―そんな憧れが生きる力になるなあ。。
立派な案内板を眺めながら確かめる、奥美濃の山々、御岳、乗鞍、北アルプス。
たぶんこの頂も、もうしばらくで雪に閉ざされるはず。
秋の終わりの好日、Yさんとゆったり過ごす、至福のひととき。


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宮様初心の山 ― 離山(1,256m)
17日はしっかり雨。妙義山登山は迷う余地なく延期。
せっかく軽井沢に宿まで取ったのに(T0T)

「じゃ、雨でも行ける山に」ってことで、急遽軽井沢の町に紛れ込んだような小山、離山(はなれやま)に行先変更。妙義山とはギャップありすぎ。
「ここはね、皇太子が初めて登られた山なんだ。」と、日本山岳会員Hoさん。
離山山中210517
別荘地の中にある東登山口から登りはじめ。
山頂の標高は、1,256mだけど、登山口が標高1,000m以上。
登山というより、朝の散歩ってとこ。

でも、緑したたる霧雨の中、山仲間ととぼとぼ歩いていくうち、だんだん幸せな気分になってくる。
山仲間ってありがたいなあ。


離山の桜草210517
道はいくつにも分岐していて、どれを選択しても遭難なんてことはナイ。

おや! 登山道脇の窪地のそこかしこに、桜草のみごとな群落を発見。
軽井沢町の町花でもあるこの花に出会えただけでも訪れた甲斐があった。


山頂は、三角点と、双眼鏡がぽつり。
案内板には、浅間山や浅間隠山、八ヶ岳に妙義連山が。
ここは心眼で見るしか。
登りだして40分とあっけないけど、Hoさんにとっては、1654番目の山。
着々稼がれてマス。
ご幼少の宮様は、その大観に、登山人生を始められたんだな。
| 管理人 ぼっち | その他の山 | 22:24 | comments(3) | trackbacks(1) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
登り納めは展望絶佳 ― 鳩吹山〜継鹿尾山
年末29日は、ぼっちの山の会の恒例行事「登り納め」。
鳩吹山登山道201229今年は、岐阜県可児市と愛知県犬山市にまたがる鳩吹山から継鹿尾山(つがおさん)を縦走。
木曽川河畔の国宝犬山城の背景に屏風のように連なる山々であります。

標高313mの鳩吹山は、登山口から見上げるより、なかなかどうして。
岩をよじ登るルートも。

御嶽山201229冬晴れの鳩吹山頂からは、おお! 紺色の山並みの上に抜きん出た白銀の名山がずらり。
東から恵那山、中央アルプス、そして一番大きく御岳、乗鞍、白山、そして能郷白山。
双眼鏡で穂高も槍も確認できた。

こんなに眺望のいいのは、かつて山火事に遭って大木がないせいだとか。
怪我の功名だね。


ここから赤松の稜線を縦走。
アップダウンの繰り返しに、南アルプスや伊吹山が展開し、目移りする。
仲間と今年の山の思い出にひたったり、来年の計画を根回ししたりしながら登るのも楽しい。
継鹿尾山201229
結構汗をかいて、継鹿尾山に到着。
先発隊が、ぜんざいで迎えてくれる。

ここからのパノラマもすごいや。
足元の木曽川が大きく蛇行したところに、犬山城。
(観覧車の横デス)
はるか西には伊吹山、その南に続く鈴鹿の連山。
みんな、ぼっちの山の会のホームグラウンド。



いやあ、信州ばっかりほめてたけど、東海地方にもこんな展望絶佳な山があったんだ。

フィナーレは、寂光院という古い寺に降りていく下り道。
途中、御嶽や木曽駒ケ岳を遥拝する祠や神仏習合の石造物が。
うーむ、ここにも、修那羅(しょなら)峠と同じように、江戸末期くらいに修験者が住み着いて独特の宗教世界が展開されたんだろうか。。

下山して、みんな仲良く円を描き、帽子を取って解散のあいさつ。
今年も一年ありがとうございました。

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海から見るあの山
黄金崎からの富士2012061年分の親不幸を伊豆への「孝行旅行」で帳消しにしようとするぼっち。(←偽善者?)
快晴に恵まれ、ばっちり富士が眺められ、なんとか面目をほどこした。

富士は、長い間、憧れながらも、あんまり関係ないやって感じの山だった。
でも、愛鷹山毛無山三ツ峠山和名倉山などの日本200名山から向かい合ううち、唯一無二の存在だとつくづく感じた。
自分だけのものになんてできない山だけど。。

―おっと、親孝行中でした。

土肥からの赤石山脈201207土肥温泉で、一泊。
朝早く、海岸に散歩に出たら、海の向こうに、白い峰々が。
おお! 南アルプスじゃないか。

甲斐駒、白峰三山、うーんと、塩見に荒川三山。
思いがけず海から見る雪の連山。

伊豆の沖合はかつて菱垣廻船や樽廻船が行きかったという。
海から見る山は航海の大切な目印にもなったんだろうな。
| 管理人 ぼっち | その他の山 | 21:43 | comments(1) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
魔界伝説の山―鞍馬山(584m)
ここのところの天候不順で山に行けなくて、禁断症状を起こしてる、ブログ200名山管理人ぼっちです。
「病気」の治療に(?)、京都の鞍馬山に。
京都の鬼門を守る鞍馬寺があり、源義経が天狗に兵法を教えてもらった伝説の山として有名だけど、行くのは初めて。

叡山電鉄200906京阪電鉄の出町柳駅から叡山電鉄鞍馬線に乗り継ぐ。
初めての路線、「やや鉄」のぼっちとしては、車窓にかじりつく至福の時であります。
終点の鞍馬駅で下車、木の芽の佃煮などを売る門前町を過ぎ、仁王門をくぐると、ケーブルカーの乗り場がある。
正式には「鞍馬山鋼索鉄道」、鉄道事業法による許可を受けた鉄道としては唯一の宗教法人が営業しているケーブルカーで、日本一短い鉄道でもあるらしい。
ちなみに乗務員は、作務衣を着ているとか。

うーん乗ってみたい。でも、今日は、「山切れ病」の治療に来たんだった。
ケーブルカーの入口に、「なるべく歩いて登ってください」とあるし(謙虚というのか…)。
ま、歩きましょう。

鞍馬寺の鎮守社で、豊臣秀頼が寄進した拝殿がある由岐神社を行き過ぎると、掃き清められた山道には香の香り。木立の向こうから、蝉しぐれ。
俗っぽい観光地かなと思ってたけれど、残暑の鮮やかな木漏れ日が清々しい。
鞍馬寺本堂200906
汗をかきながら、本堂に到着。
9月15日は、義経祭とある。残念、1週早かった。
鞍馬寺の由来。
鑑真(がんじん)和上の高弟である鑑禎(がんてい)上人が、宝亀元年(770年)にこの地に草庵を造り、毘沙門天を安置した。
その後、延暦15年(796年)、桓武天皇から東寺の建設を任されていた藤原伊勢人(ふじわらのいせんど)が、霊夢のお告げで毘沙門天の草庵を発見、あわせて千手観音と安置した。
その後修験道の霊場ともなり、天狗の中でも最高位の僧正坊の大天狗もこの地に棲むといわれる。
そして、義経が幼少時代を過ごしたという伝説。

何度も火災に遭い、本堂をはじめ、ほとんどの建物は新しい。
しかし、本堂奥の霊宝殿には、平安後期の国宝毘沙門天や、鞍馬山中の経塚から発見された平安時代の銅製経筒などの遺物が展示されている。

額に手をかざし、千年近く遥か都を見守る毘沙門天。
この像を義経も拝んだのだろうか。

そのほかにも何体か毘沙門天が。
そのうち鎌倉時代の3体は、重要文化財にもなっていない。
しかし、向かって左のものは、三十三間堂の二十八部衆像につながるような写実の力があり、鎌倉期らしい名作だと思う。
もしかしたら、誰か具体的な武士の面影が刻まれているのではないかな。。

ここから奥の院への道をさらに進む。
2万5千分の1地図を見ると、鞍馬山は、寺の北を標高約百m登ったあたり。
ところが、参道を脇道にそれようとすると、「熊やマムシが出ます」とか恐そうな立札があり、柵がしてあったりする。
鞍馬山道200906峠にある「義経の背比べ石」のところで、「入山禁止」のロープを跨いで稜線に入る。
そのうち龍の池の祠とかがあって、なんとなく魔界のにおい。
ここにも再度行き止まりの柵。
ま、行っちゃいましょう。

蜘蛛の巣が張られているけれど、踏み跡は確実にあり、これはきっと修験者が通った道。
聳え立つモミの古木が、いにしえを思わせる。

鞍馬山200906最後の登りで、明るくなり、石積みの上に経塚の碑。
鞍馬山の標識はないけれど、ここが山頂らしい。
霊宝館で見た経塚の遺物はここから出土したのだろうか。
なんか、魔界おたくの人ならビンビンきそうな所で、握り飯を食う。
峠まで戻り、奥の院を目指す。
650万年前に金星から地球に降り立ったという魔王尊を祀っているのが奥の院魔王殿。
ま、スケールでかすぎて訳分かんないから先へ行こ。。

貴船の川床200906木立の下り道をジグザグに降りると、川の音と人の歓声。
おお、これが有名な貴船の川床かあ。
魔界から娑婆に降り立った気持ちで、貴船神社に立ち寄り、叡山電鉄の貴船口に向かったのでありました。



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海に沿う山々 ― 西方ヶ岳、蠑螺ヶ岳縦走
山ばっかりのぼっち。実は、海も嫌いじゃない。
でも、人混みだけはどうにも苦手。
で、梅雨の中休みに、近場の敦賀半島へ静かな海を見に行ったりしてますです。

その敦賀半島に蠑螺(さざえ)ヶ岳って山があるらしい。
何だか、そそられる山名。
標高764.1mの半島最高峰の西方ヶ岳と 蠑螺ヶ岳を縦走するのが一般的とか。
7月5日は、週末に晴れマーク。
愛車ハリヤー!に、MTBのルイガノ君を載せ(←何でも人名にしたがる)いざ出発!
常宮神社登山口200705
登山口は、神功皇后の伝説を持つ常宮神社という海岸沿いの神社から。
何だか登山というより、釣りに行った方がいいんじゃない? ってたたずまい。



標高ほぼ0メートルから登りだすと、じりじり太陽が照りつける。
湿度も高いので、タオルで汗を拭き拭き進む。
しばらくで、ウラジロなどが生える照葉樹林帯に入り、しのぎやすくなる。
銀名水という泉が岩の間から湧いていて、ここが中間点。

登山道は、さっぱり整備されていて、登山客4名を追い越す。
結構人気があるんだな。
しばらく急登するとオーム岩という花崗岩の大岩が突き出し、敦賀湾が一望。
このあたりから、若いブナの木が目立ちだす。
潮風に吹かれる場所にしてはしっとりした風情。

蠑螺ヶ岳200705
やがて、西方ヶ岳山頂に到着。標識のある台地に、三角形の避難小屋。
小屋の前に1メートルあまりの蛇の抜け殻発見。
ちょっとびくびく。でも、自然が豊富ってことにしておこう。
台地の少し下手に刈払いがあり、そこにも大岩。
これから向かう半島の先を望む。
ぼんやり海と空が溶けた空間を、船が白い航跡を残していく。


笹百合200705
ここからは、蠑螺ヶ岳への縦走路。もう誰とも出会わない。
木立の間からは、青い色。半島の縦走は、宙に浮かぶ気分。
中間地点にカモシカ台の大岩。
西方面の展望も開け、半島の先端が近くなる。

エゾアジサイや、笹百合などの花に慰められながら、汗だくで進み、蠑螺ヶ岳山頂(685.5m)に到着。

西方ヶ岳200705
おもむろに、リュックから保冷バックを取り出す。
へへへ、西瓜の登場。
照りつける太陽の下、山頂で海を眺めながら西瓜を食う…なんて理想的な夏の姿では。
(←そんな理想誰も追っかけてない?)

ここから、浦底という集落に向けて下山。
長命水というせせらぎの水場を過ぎ、むっとする夏の中に戻ると、ルイガノ君が待っていてくれた。

色が浜のルイガノ200705
フィナーレは、半島を自転車でツーリング。
色が浜、手ノ浦など海岸線に沿って漕いでいく。
プライベートビーチのように空いた海水浴場の白い砂。
その砂も、あの山々の花崗岩が風化したものなんだなと思うと、山も海もみんな愛おしい。

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