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長良川沿いの白山信仰遺跡を訪ねる
連休も後半。5月4日の早朝から猿ヶ馬場山に登るため、3日午後遅めに山仲間Yさんの別荘「REGAハウス」に集合することに。
REGAハウスは、長良川の最上流部に近く、窓から白山が眺められる。

時間はあるし、快晴だし、愛車ハリヤー!と一緒だし、寄り道しなくちゃ。
で、美濃(岐阜県)側の白山信仰の拠点をたどりながら、長良川をさかのぼっていくことに。
洲原神社お守り190503
まずは、白山を開いた泰澄が白山信仰の「前宮」として創建したとの伝承がある美濃市の洲原神社へ。
国道のすぐ脇にある神域に、期待しないで足を踏み入れたけれど、桧皮葺の屋根を連ねた社殿の規模にびっくり。
社叢も古い森のたたずまいを残していて、ブッポウソウまで住んでるそう。
閉ざされた社務所のお札売場のガラス窓をのぞくと、「養蚕」「虫除」「種子豊熟」「鼬鼠禁」なんてお札。ちょっと流行おくれ…


洲原神社楼門190503
神社は、長良川が蛇行した「洲」にある。
近世にはここの砂を田畑に撒くと、豊作になるといわれ、洲原講という組織が形作られ、広く参詣者を集めていたそう。
楼門の石段は、今も長良川の岸辺までつながっている。船のお参りもあったのかな。
緑の水を眺めていると、時間を旅している気分。


さらに上流に向かい、「長滝白山神社」「白山長瀧寺」に到着。
明治の神仏分離令の前は二つ合わせて「白山中宮長滝寺」だったとか。ハイブリッドだね。
ここも、泰澄の創建との伝承。

立札によると「平安時代初め天長9年(832年)加賀馬場白山本宮、越前馬場平泉寺と並ぶ白山三馬場の一つとして、美濃馬場白山中宮長滝寺は、白山に登頂する美濃禅定道の拠点となった」そうであります。一番栄えたのは鎌倉時代とか。

参道を進むと両側の石垣の奥に、坊の跡が並び、橋を渡ると、真正面に大きな神殿、左手に本堂。
現在の建物は、明治時代に焼けた後、再建された姿だそうで、本堂はかつてはずっと巨大だったらしい。
それでも、ここまできちんと神仏習合の姿を生きた形で残しているところは初めて。
白山長滝寺190503
おや、神社と寺の間に見かけたような石の塔。
立札を読んだら、英彦山で廃仏毀釈の折穴を開けて石灯籠に変身させられた塔と同じく、豪潮という僧によって文政8年(1825年)作られた宝篋印塔(ほうきょういんとう)だった。
山岳宗教って、ローカルなものではなく、全国ネットでつながっていたんだな。

建物は焼けたけれど、神社と寺には多くの、洗練された仏像、工芸品、経典などが伝えられている。
手斧など山岳宗教ならではの法具もあり、神仏習合の宝物殿って感じ。

白山神社は全国で2000以上も残されているという。
神仏分離や廃仏毀釈を経て、白山信仰の全容は分かりにくくなっているけれど、思った以上に奥が深そう。

西洋から輸入された、アルピニズムに、こんな厚みはないはず。
日本人と、山の関わり、歴史的にも、文化的にも、なんだかすごいぞ。
| 管理人 ぼっち | ひとりごと | 14:15 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
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