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想像力の山 ― 子檀嶺山(コマユミヤマ)
連休前半は、大坐小屋をベースにして山仲間6人で信州百名山に。
残雪期しか入れない27日の堂津岳(1,927m)がメイン。
26日は行きがけの駄賃みたいに(失礼)松本と上田の中間地点にある子檀嶺山に立ち寄る。

子檀嶺山と書いて、こまゆみやま。
その名は、紅葉の美しい「こまゆみ(小真弓)」というニシキギ科の小木に由来するのかなと思っていた。
ところが、じっくり調べると、山頂に子檀嶺神社奥社があり、その祭神が「駒弓神」。
山麓はかつて塩原牧と呼ばれた馬の産地で、牧場の守護神だったらしい。

天気が下り坂なので、最短の「西尾根嶺浦コース」をとる。
登りたったの1時間だけれど、芽吹き始めた唐松林に雨が降り、いい感じ。
「雨天登山」もまた楽しの山だな。
こまゆみやまの松林200426
稜線に出ると、赤松林。いかにも松茸が出そう。
雨にけむる松のシルエットは、かつての里山ではありふれた景色だったはず。
しかし、マツクイムシの被害でそのほとんどが失われた今では、貴重。

山頂(1,223m)には風雨にさらされた、祠(ほこら)が3つ。
山麓の村々が、それぞれ作ったのだろうか。
霧が払われれば、きっと足元に山麓ののんびりした風景が広がるのだろうな。

修那羅石仏猫神200426
下山後、長野方面にしばらく進むと、修那羅(しょなら)峠。
「おっと、ここには幕末から江戸初期にかけて作られた、神か仏かはたまた獣か訳の分からない石仏群があるはず。せっかくだから見ないと損じゃない?」
ぼっちの石仏嗜好病が出て、皆におねだり。(←いったいいくつ病気持ってるんだか。)
雨の中スキップ気味に行く1名、とぼとぼ進む残り4名。。

心細くなる頃、安宮神社に到着。桜の老木はまだつぼみ。
神社の建物の脇に、入り口発見。本殿の裏に出ると、おお!
山の起伏に沿った幾筋もの道に、小ぶりの石仏がぞろぞろ並んでいる。
山の神、猫みたいな神、山犬、頭三つの神… すごいぞ想像力。

修那羅兄弟200426幕末の安政年間、日照りの多い里に、修那羅大天武と名乗る修験行者がやって来て、雨乞いの法で村人の信頼を得た。
そして、古くから鎮座していた大国主命の社殿を直し、加持祈祷で人々の熱狂的な信仰を集めた。
その場所が地元では「しょならさま」と呼ばれる安宮神社。
修那羅石狼200426短い期間に奉納された石造物の数は、実に700ともいう。
そこには幕末の世情不安も影を落としていたのかも。
最大の山岳宗教御嶽教が爆発的に拡大したのもちょうどこの時期。

明治5年(1872年)の「修験道禁止令」は、そんな不安に根ざした民衆の熱狂を封じこめるものであったのかもしれないな。。

ところで、26日は、チベット問題で揺れる中国オリンピック聖火リレーが長野市にやってくる日でもあった。うーむ。

長野市内に着いた時点では、街を出る車の渋滞と、チベットの旗を持っていく後ろ姿を見かけたくらいで、すべて終わった後。
しかし、今しばらく前、ここでくりひろげられた集団の熱狂も、インターネット教による想像力の異常増殖によるものだったのでは…なんて評論家ぶった感想は、やっぱり柄じゃない?
(*ロ。ロ*)> 

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| 管理人 ぼっち | 信州百名山 | 09:29 | comments(0) | trackbacks(1) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
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