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奥美濃の山へ(その1) ― プロローグ
これから春山が始まるまでの冬ごもりの時期、ぼっちのふるさとの山である奥美濃の山をめぐる四方山話に、しばしお付き合いください。

奥美濃」という言葉は、今では一般的に使われているみたいだけれど、多分、昭和15年刊行の森本次男氏の著書「樹林の山旅(奥美濃紀行)」という本に使われたのが最初ではないかと思います(「山旅」という言葉も、この本が初出かも。)。

奥美濃をフィールドとする山ヤにとって、「樹林の山旅」は名著、というより聖典扱いされていて、昭和53年に復刻版が出されていますが、それすらなかなか手に入らないらしい。
ところが、ぼっちの手元には、訳あってその原本があるのです。

汚損しないように、ビニルカバーと、外箱が手作りされ、箱には「Tさんから寄贈 H5.10.18」との太い文字。
Tさんはぼっちの山の会で、奥美濃の神様のようだった先輩であり、外箱の太い文字は、我が山の師匠ともいうべき、信大山岳部OBのKさんのもので、お二人とも信州人です。

Tさんは、「紳士」が多い(?)ぼっちの山の会では異色の、アクの強烈に強い、先輩でした。若い頃には、穂高の屏風岩でザイルに身を預けながら相棒と取っ組み合いのけんかをしたとか伝説には事欠かず、また無類の酒好きで、「山の神様にお神酒を捧げんとな」とかいいつつ、登山前に一杯ひっかけてから、トップを取るという、豪傑でした。

でも、第二の故郷とされた、美濃の地の北に連なる山々に対する思い入れは、桁外れで、多分名もないような頂きも含めほとんど踏破されていたはずで、家が近かったこともあり、Tさんのパジェロに同乗させてもらうと、もう、目に触れる頂きという頂きに対する薀蓄が滔々(とうとう)と始まるのでした(いい気分の帰りは、ぼっちが運転してましたけどね。)。

べらんめいで、勝気の塊なんだけれど、奥美濃の山のことをうかがうと、
時にはさりげなく偵察までして、詳細な情報をくださるシャイなやさしさと、反面誰にも伝えない孤独を背中に隠しておられたTさん。
大病をされ、回復された後、Kさんに、間違いなく一番の宝物である「樹林の山旅」を託されたのも、覚悟があってのことだったのでしょう。2度目の入院を、山仲間に告げることもなく、逝ってしまわれました。

何年か後、どこの山行の帰りだったか、Kさんが、「俺は物にこだわる方じゃないから、持っててくんねえかな。」と、さりげなく手作りの箱入りの本を渡されました。それが「樹林の山旅」と知って手が震えました。Kさんが、いい加減な気持ちで、渡されるはずは絶対ないからです。

次の世代に、Tさんの奥美濃の山への思いを伝えてほしい、そういうメッセージとして、本を「お預かり」しました。でも、ぼっちにとってそれは重過ぎるもので、ずっと開くこともできずにいました。

しかし、「深く山と付き合う」ことを標榜してこのブログを立ち上げてからは、ずっと奥美濃の山について、まとめてみたい、そう思っていたのです。

しばしお付き合いいただけると幸いです。
| 管理人 ぼっち | 巨木に会う | 17:38 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
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