ブログ日本200名山

のんびり+しっかり 山と付き合うブログ
<< 登山って? ― 本田勝一著:「山を考える」を読んで | main | ほしいものは 青空。 >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| スポンサードリンク | - | | - | - | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
殿様お墨付きのパノラマ―金剛堂山(1,638m)
雨ばかりの連休後、やっと全国的に晴れマークの5月21日、新緑の良さそうな山を探し、金剛堂山(日本200名山)に。

ところが、高山市から国道471号線で楢峠を越えて登山口の富山県利賀村に向かおうとしたら、通行止め。(ToT)
仕方なく、風の盆で有名な八尾から国道472号線を南下する形で利賀村に。
めちゃくちゃ遠回りだったけれど、雨上がりの新緑が鮮やかで、雪深いだろう町や村が、春の喜びで満ちているのを目のあたりにするのは、それはそれでいい気分。

3:30に家を出て、登山口に到着したのは8:30。すでに車が10台以上。ほとんど富山ナンバーばかり。地元の人に愛されている山なんだな。
百瀬川を鉄骨の橋で渡ると、みずみずしいブナ林の登山道がはじまる。熊も好きそうな場所なので、鈴を鳴らしながら進む。枝の先の新芽が、精一杯葉を広げ、色も形も初々しく、本当に見飽きない。

1,300mあたりからは残雪を踏みしめての登高。立派なブナが枝を広げ、その向こうに白山が見えてきた。連休に挑んだ笈ヶ岳登山を思い起こし、懐かしい。

10:45立派な石の祠がある金剛堂山山頂に到着。展望がすごい。東は、御岳、乗鞍、穂高、槍、薬師、立山、剣、西南に白山と、日本を代表する山々が、天空に悠然と残雪をきらめかせている。その名の通り、金剛蔵王権現を祀り、奈良時代に役の行者が開山したとの言い伝えがあるそうだけれど、山を拝むには確かにいい場所。
石碑180521グループ登山の賑わいを逃れて、中金剛の方に進むと、踏み跡もなくなりひっそりした縦走路。小高い頂きに石の歌碑がある。梅鉢の紋入りの立派なもので、台石に「嘉永六癸丑年三月二十二日登山」という文字があり、上段の碑文には、「待従菅原利保   飛騨信濃 木曽の峰々 みな見えて 西はのこさぬ 白木山かな」という歌がある。

帰ってから利賀村のHPで調べたのだけれど、「利保」というのは、第十代富山藩主前田利保のことで、この殿様は、「産業と文化の振興に力を尽くし、一方では本草学、国学、歌学等々において当代一流の学者として知られた博学多才の人」だそうで、「藩主を辞して7年後の嘉永六年(1853)近臣とともに大長谷より尾根づたいに登り、冨山藩領の最高峰、西白木峰の山頂に立った。西白木峰は加賀藩との領界に位置し、加賀藩側では金剛堂山と呼ばれる山である。この歌は利保が頂上で詠んだもので、絶景に感動した利保の心をよく表現しつつ、歌人として細部に神経を配した秀作である。」
とのことであります。

きっと、ちょっとマニアックで頑固者の、でも賢い殿様だったんだろうな。石碑を運ばされた家臣は大変だっただろうな。。

ま、ともあれ、奥金剛まで足を延ばし、殿様お墨付きのパノラマをひとり占めした、すばらしい5月のひとときでした。
金剛堂山180521
[登山記録:日本200名山資料室へ(クリックしてください。)]
| 管理人 ぼっち | 日本200名山 | 06:00 | comments(0) | trackbacks(0) | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!
スポンサーサイト
| スポンサードリンク | - | 06:00 | - | - | にほんブログ村 アウトドアブログへ←アウトドアブログのランキングです クリックよろしく!









http://200meizan.jugem.jp/trackback/97
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< October 2017 >>
+ LINKS
+ SELECTED ENTRIES